会社倒産と多重債務!そして自殺願望!

 平成1年5月、当時24歳で、有限会社金井自動車を設立。自動車の板金塗装を主とし、国産・輸入
車販売、24時間レッカーなど、トータルカーディラーを目指し、日の出の勢いで成長させました。
その会社も自らの勉強不足とワンマン経営により、平成7年11月30日に倒産させてしまいました。

 会社倒産時、負債(総額3億5000万円)を苦に無意識状態でガス自殺をはかりました。
体外離脱(死)したものの一命をとり止め、多少うつの症状が残りましたが後遺症もなく復帰することが
できました。 しかし、そんな時でも債権者の方々は支払いを待ってはくれません。

 私は、わずか数千円のお金を手に負債金返済の為、平成8年2月に地元を離れ福岡市の知人から
空倉庫を借り、そこで、健康・美容・ダイエット商品等の販売会社(ジャパンコーポレーション)を創業し
ました。朝早くから夜遅くまで一日の休みもなく一生懸命に借金を返す事だけを目標に働きました。
でも、計画を立てたほど直ぐには商品がどんどん売れるはずもなく、地元、下関市に残した妻と娘3人
に送る学費や生活費、商品仕入資金、交通費などまったく足りません。その時点では、2日に1食イン
スタントラーメンが食べられれば良い状況でした。

 お金を借りるにも借り先もありません。どうにもならない時に目にしたのが「ヤミ金」の張り紙でした。
目先のお金が直ぐに必要だったのです。20万円(10日で1割の利息)を借り、すぐに返済しようと頑張
るのですが、なかなかすぐに返済することが出来ず、利息が利息を生み、本当に「雪だるま式」になっ
て、約半年間で200万円になっていました。その200万円の借金も利息が利息を生み、どんどん増え
ていきます。約1年間後には、元利込みで 2000万円まで借金が増えてしまいました。

 そうなると10日に1度200万円の利息を支払わなければならないのです。
「会社倒産時の借金とヤミ金融の借金」を合わせると1ヶ月の返済金額が、元金と利息を合わせて
約1000万円の支払いが必要でした。

 日々の脅迫電話なども想像を絶するものがあり、毎日毎晩、恐怖で夜も眠れません。
そんな日々が続くと精神状態も弱くなり「自殺」を考え、「どうやって死のうか?」夜、寝る時も「朝になっ
たら死んでいてくれ」などと、何時も死ぬことだけを考えていました。

 人間の精神状態もある程度の段階では家族や周りの人に迷惑がかかるのではないか?
などと考えますが、精神状態がピークに達すると家族や周りの人のことなどまったく考えることなどでき
ないもので、自分が楽になることだけを考えてしまうのでしょうね。

 そんな精神状態の中、家族が寝静まるのを見はからって、前もって準備していたプラスチックバンド
(一度しめるとバンドを切らないとゆるまない物)で「首」を思いっきりしめました。

 そうすると、体中の血液がドクドクと音を鳴らし始め、苦しくて意識が遠ざかろうとしていました。
その時、「ここまで頑張って来たんだから、あきらめずに一緒にがんばろー」と、妻の励ます声がかす
かに聞こえたのです。

 その瞬間「あっ!」と我に戻り、虫の息状態で最後の力をふりしぼり、台所までやっとのことでたどり
着きました。そこにあったハサミで首にしめたバンドを切ることができ「自殺」しないですみました。

 もし、あの時、妻の声が聞こえなかったら間違いなく死んでいたでしょう。
しかし、助かったのはいいのですが現実問題として借金返済はどうするか?

 そこで考えに考えた末、「浄水器・健康治療器・美顔器など、1台40万円くらいする高額な商品を、
1セットにして、一人に(約100〜150万円)を販売する。そうすれば1ヶ月15セットくらい販売すると
借金が支払える。」と、そんな考えで自分の借金を返済する為に、お客様の支払い能力など考えず、
独自の販売方法でどんどん高額商品をセット販売しました。また、販売代理店も増やし販売方法も
徹底的に教育しました。

 その結果、約1年半くらい(平成11年8月)たつ頃には、ほとんどの借金が返済出来たのです。 
これから「販売すればするほど儲かるぞー」と喜んでいたのもつかの間のことでした。

つづく・・・・・


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天罰は下る!そして障害者に!




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